インタビュー調査の文字起こしをどう進めるか
質的研究のインタビューは、要約ではなく発言そのものが分析対象になります。事前の同意と倫理審査、2台で録る理由、逐語録の水準の選び方、整えてよい範囲、匿名化とデータ管理までを整理しました。
インタビュー調査の文字起こしは、会議の議事録とは目的が違います。
会議の記録は「何が決まったか」を残しますが、質的研究では発言そのものが分析の対象です。要約してしまうと、分析できるものが残りません。
以下は一般的な整理です。所属機関の倫理審査の方針や、指導教員の指示が優先されます。
録音の前に
同意を取る
口頭の了承だけでは足りないことがあります。 多くの機関で、次を含む説明と同意が求められます。
- 研究の目的
- 録音すること、その用途
- データの保管方法と保管期間
- 公表時にどう扱うか(匿名化、仮名、引用の可否)
- 途中で中止できること、後から撤回できること
同意書は、インタビューの前に取ってください。 話を聞いてから「実は録音していました」は、研究倫理上あってはなりません。
倫理審査
人を対象とする研究では、事前の審査が必要な場合があります。所属機関の規程を確認してください。審査を通していないデータは、後から論文に使えないことがあります。
録音の実際
機材
2台で録ることを強くおすすめします。
インタビューは、たいていやり直しがききません。相手の時間を再度もらうのは現実的でないことが多く、失敗すればそのデータは失われます。
スマホ1台とICレコーダー1台、あるいはスマホ2台。どちらかが止まっても、もう片方が残ります。
置き方
相手と自分の中間に置きます。相手寄りに置きたくなりますが、自分の質問が拾えないと、何に答えているのか分からなくなります。
- 机の上に直置きすると、机を叩く音や書き物の音を拾います。布や手帳の上に置くと軽減できます
- エアコンの吹き出し口の下を避ける
- カフェなどでの実施は、周囲の話し声が入ります。可能なら静かな場所を選んでください
10秒テスト
録音を始めて10秒、両者の声が入っているか確認してから本番に入ります。この20秒を惜しんで1時間を失うのは、割に合いません。
逐語録を作る
どこまで書き起こすか
研究の方法によって変わります。指導教員や、採用する分析手法の作法に従ってください。
一般的には次の3段階があります。
| 水準 | 含めるもの | 使う場面 |
|---|---|---|
| 完全逐語 | 言いよどみ、沈黙の長さ、笑い、相槌まで | 会話分析など、話し方自体が対象 |
| 標準逐語 | 発言内容をそのまま。明らかな言い直しは整理 | 多くの質的研究 |
| 要点のみ | 内容を要約 | 探索的な予備調査 |
多くの場合は標準逐語です。 ただし「えー」「あの」を残すかどうかも方法によるので、確認してください。
AIで下書きを作る
音声を文字起こしサービスに渡し、その出力を下書きとして人が直すのが現実的です。1時間のインタビューを完全に手で起こすと4〜6時間かかります。
ただし注意点があります。
- 専門用語と固有名詞は、まず正しく変換されません。分野特有の語ほど苦手です
- 要約機能は使わない。分析対象は発言そのものです
- 話者の区別が外れていることがあります。質問者と回答者が入れ替わっていないか確認してください
3つ目は致命的になりえます。誰の発言かが逆になっていると、分析が根本から狂います。
整えてよい範囲
判断に迷いやすいところです。一般的には、
- 明らかな言い直しの整理 — 許容されることが多い
- 句読点の付与 — 必要。音声には句読点がありません
- 方言や口調の標準化 — してはいけません。話し方自体が情報です
- 意味の補完 — してはいけません。分析者の解釈が混入します
補完したくなる箇所には、[ ]で注記して、原文と区別できるようにします。
データの管理
匿名化
逐語録の段階で、人名・所属・地名を仮名や記号に置き換えます。
田中さん → A氏
○○大学 → X大学
横浜 → B市
対応表は逐語録とは別に保管します。一緒に置いておくと、匿名化した意味がありません。
保管
- 機関の規程で保管期間が定められていることがあります
- 暗号化された領域に保管する
- クラウドに置く場合、機関が許可しているサービスかを確認する
外部サービスに上げるとき
文字起こしサービスを使う場合、音声が処理後に削除されるかを必ず確認してください。
これは研究倫理の問題です。協力者に「データは適切に管理します」と説明した以上、外部サービスの扱いもその範囲に含まれます。同意書に記載していない方法でデータを扱うことは避けてください。
判断に迷ったら、倫理審査の担当か指導教員に確認するのが確実です。
まとめ
- 同意は事前に、書面で。用途と保管方法まで説明する
- 2台で録る。インタビューはやり直しがきかない
- マイクは相手と自分の中間に
- 逐語の水準は、採用する分析手法に従う
- AIは下書きに使う。要約は使わない
- 話者が入れ替わっていないかを必ず確認する
- 方言・口調は標準化しない。補完は[ ]で注記
- 匿名化し、対応表は別に保管
- 外部サービスは、同意書で説明した範囲かを確認する
会議の議事録と同じ感覚で扱うと、分析に使えないデータになります。残すのは要点ではなく、発言そのものです。